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右脳のリハビリ中

色についてのお勉強をしています。
最初は、カッコイイ配色ができるようになりたい!でしたが、
最近は右脳のリハビリ、って思っています。


毎回お題がでて、絵具で自由に色を塗っていくのですけど、
なかなか色を決められなくて、ものすごく悪戦苦闘しています。

 

想えば、わたしは自由にアウトプットするという経験が仕事をするようになってほとんどなかったなあと思います。

 

私がやってきた仕事は、
システムとかリサーチとか、数値やデータを扱う仕事です。
いつもゴールがあり、再現性を重視されます。

 

たとえば、プログラムを作る場合、
インプットとアウトプットは決まっています。

その過程は好きに作れるけれど、
アウトプットという「正解」が常にある状態です。
テストをして、ちゃんとその「正解」になればOKです。
そして、できるだけその過程は、シンプルで完結なことがよしとされます。
プログラムに個性は必要なくて、誰が見てもわかりやすい、余計なものはそぎ落とされたものが良いとされます。


たとえば、店舗のサービスを評価する仕事があったとすると、
AさんとBさんが同じお店に対して同じ条件で付けた評価は、同じでないと問題になります。
気分や好みで評価基準はブレてはならないのです。

 

報告書は、雛形があって、それにそって、間違えがないように作るもの。驚きとかインパクトとか面白さよりも、数字が間違えてないか、ウソを言っていないか、フォントが全部そろっているか、が重要。


常に「こう判断すべき」という答えやマニュアルがある世界で生きてきたので、
ふと、まっしろな画用紙に好きな色を塗っていいです、正解はありませんと言われると、固まってしまいます。

 

何が正解なのか?つい正解を求めてしまう…

そしてゴールへのマイルストーン的な道筋も考えてからでないと、一歩が踏み出せないのです。

 

私にないものは、
即興とか、あいまいさとか、融通とか、その場のノリ、などです。

 

だけど、人生はまさに、
そういうものであふれています。

最近特に、人生に正解なんてないと思うのです。

 

バブルの頃までは、一般的な人生ってこういうかんじが幸せ、っていうのがあったけど、
今は同じ方向を向いている必要はないし、同じ方向を向くことで得られるものは少ないのです。

 

なので、わたしはそろそろ左脳的な考え方ではなく、曖昧さや独自性のある右脳を鍛える必要があるのです。